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「ベビーカーおばさん」松本エムザ

 お人好しと評判のTちゃん。
 彼女の地元ではかつて「ベビーカーおばさん」とあだ名される女性が、よく目撃されていたという。
 真夏でもニット帽に長袖姿で、足を引きずりながら歩く姿は老婆にも見えるが、ベビーカー(と言うよりは、籐で編まれたカゴと四輪の昔ながらの「乳母車」であった)の中の赤ちゃんに「よーしよしよし」「いないいないばぁ」などと言ってあやす声には若さが残る、年齢不詳の女性であった。
 実はその赤ちゃんが人形だったとか大きなぬいぐるみだったとかはよく聞く話であったが、そのおばさんのベビーカーの中は常にからだった。
 無人のベビーカーに、微笑み語りかけるおばさんを気味悪がる子供も多い中、Tちゃんは彼女を見掛けると一緒になって見えない赤ちゃんをあやしてあげていた。
「よく遊びに行く公園に来ていたんですよ。ベンチに座ってね。だから私も真似をして」
 そんなある日、おばさんがTちゃんに話し掛けてきた。「かわいい子でしょう?」と。もちろんTちゃんには何も見えていなかったが、話を合わせて「うん」と答えてあげた。するとおばさんはTちゃんに
「いつかあたしが死んだら、この子のお世話を貴方に任せてあげるわね」
 などと言いだした。何と答えていいのか分からずに、Tちゃんは曖昧に笑ってその場をやり過ごしたという。
 Tちゃんが高校生になった頃には、もう公園に行くことも減り、おばさんと会う機会もなくなり、街で彼女を目撃する声も聞かれなくなってきた。部活や勉強も忙しくなり、Tちゃんもおばさんの事を忘れかけていた頃 ──
 ある朝自宅の庭に、件のベビーカーが「よろしくお願いします」と走り書きされたメモとともに放置されているのを、Tちゃんは発見した。壊れてボロボロになったベビーカーを見て「粗大ゴミを庭に捨てられた」と激怒する父母に、本当のことを告げることが出来ず、Tちゃんはメモを捨て知らんふりを決め込んだ。
 そしてある日、Tちゃんのご両親はベビーカーを粗大ゴミとして、街の収集所に捨てに行ってしまった。
 その日ご両親が自宅に戻ると、長年飼っていた犬が泡を吹いて倒れており、そのまま息を引き取った。翌朝、Tちゃんが可愛がっていた文鳥も、二羽とも死んでしまった。
「それ以来、何を飼っても数日で死んじゃうようになっちゃってね」
 ペットを飼うことはもう諦めたのだと、Tちゃんは寂しそうに語ってくれた。

総評コメント

 9月のテーマは「乗り物」に纏わる怖い話。電車、車、バイク、自転車といった交通系の乗り物を筆頭に、遊園地などの遊具、エレベーターにエスカレーターといった類が続きましたが、中には変わった乗り物が登場する作品もありました。最恐賞は2か月連続の快挙、松本エムザ「ベビーカーおばさん」。伝わりやすい文章と、読み手を引き込む構成力、薄ら寒い読後感と要素が揃っており、もっともバランスのとれた一作でした。佳作は自転車に纏わる幼い頃の思い出を簡潔かつノスタルジックに綴った「支える手」水曜、トンネルを逆走すると昨日に行けるという都市伝説を検証しようとした若者たちの恐怖体験「トンネル逆走!」菊池菊千代、自分のいる車両に誰も乗ってこないという異常なシチュエーションと、そこから生まれる得体の知れぬ不気味さを描いた「空の2両目列車」花野史の3作を選出いたしました。
 その他、印象に残る優秀作品に元警察官に聞いた事故車の怪「無音の呪い」鬼志 仁、とある場所に居合わせるとノックの音がする理由「車窓をノック」卯ちり、ミャンマーの墓地の引っ越しの際に目撃した怪「行方不明」ツカサ、田舎の葬儀の風習に纏わる怪異「とむらい駕籠」相沢泉見、玩具で遊ぶ子供に異変が起きる「プラレールの誘惑」花野未季、ジェットコースターで体験し、第三者も確認していた怪「髪」雪鳴月彦、一風変わった予知話に死の匂いを感じる「走馬灯」ふうらい牡丹、因果関係は不明だがそれゆえにしこりのように不気味さが残る「車の中。」音隣宗二の8作、以上が最終選考に残りました。
 今回、怪異の内容はなかなかに興味深い作品が多く、大変読みごたえがありましたが、それを伝える文章が怪異の面白さに追いついていない場合が多々見受けられ、惜しいなと感じました。もちろん体験したことは過去の事象ですが、「〜でした。」「〜しました。」と終始過去形で淡々と説明する形では怪異の生々しさ、臨場感が伝わってきません。あたかも今そこで怪異が起こっているかのように再現し、読者が疑似体験できるような書き方を工夫すると、読み物としての実話怪談になってくると思います。
 さて、次回の話題は「恋愛」「恋」に纏わる怖い話です。恋愛に情念はつきもの――そこから生まれる恐ろしいお話、不思議で優しいお話、皆さんの体験された(取材された)実話を心よりお待ちしております。

【第19回・募集概要】
お題:恋愛に纏わる怖い話

原稿:1,000字以内の、未発表の実話怪談。
締切:2019年10月20日24時
結果発表:2019年10月29日
☆最恐賞1名:Amazonギフト3000円を贈呈。
       ※後日、文庫化のチャンスあり。

  佳作3名:ご希望の弊社恐怖文庫1冊、贈呈。

応募方法:下記「応募フォーム」またはメールにて受け付けます。
フォーム内の項目「メールアドレス」「ペンネーム」「本名」「作品タイトル」 を記入の上、「作品本文(1,000字以内)」にて原稿ご応募ください。


メールの場合は、件名に【怪談最恐戦マンスリーコンテスト10月応募作品】と入力。 本文に、「タイトル」「ペンネーム」「本名」「メールアドレス」を記入の上、原稿を直接貼り付けてご応募ください。

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