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「メメント・モリ」松本エムザ

 音楽の都・ウィーンを旅した際の話だ。
 街のシンボル、シュテファン大聖堂には、『カタコンベ』と呼ばれる地下墓所がある。
 ここにはスペイン式宮廷儀礼に倣って、王朝ハプスブルク家の人々の内臓が埋葬されている。ちなみに心臓はアウグスティーン教会、それらを抜かれた遺体はカプツィーナ教会に。
 かつては共同墓地としても使用されていたため、貴族や聖職者の霊廟の奥には、十七世紀に欧州で猛威を振るった「ペスト」で亡くなった約二千人分もの遺骨が保管されている。辛い過去に、胸が痛んだ。
 見学ツアーの中に、アメリカからの観光客の若者たちがいた。ハイテンションな彼らはやたらに騒ぐ。わざとらしく怯えたふりをして大声を出したり、「ハロー」などと言って棺を叩いたり、挙句の果てには撮影禁止にもかかわらず、積み上げられた人骨に向かってカメラを向けてフラッシュをたいたり。
 死者が眠る神聖な場所での非常識すぎる振る舞いに、私は彼らに向かって「恥を知れ!」と、声をあげずにはいられなかった。
 ツアーを終え、重い気分のまま街を歩いていると、小さな教会の前で白い服の司祭らしき人物が私に向かって手招きをしてきた。気ままなひとり旅。断る理由もないだろうと、その教会に足を踏み入れた。祭壇の前では、同じような白い服の男性が十人ほど並び、聖歌隊の練習なのだろうか、どこか悲しみを秘めた歌をオルガンの伴奏で歌っている。
 手招いてくれた司祭が
「貴女は、死者の、尊厳を、守ってくれた」
 と、現地の言葉で伝えてきた。
「旅の無事を、祈ります」
 そう言って彼も聖歌隊に加わると、静かに朗々と歌いはじめた。
 カタコンベでの出来事を見ていたのだろうか。そんなことを思いながら、合唱に聞きほれていると──
 気が付くと、壇上から彼らの姿が消えていた。どうやらいつの間にか居眠りをしていたらしい。
 祭壇の近くに、黒い服を着た僧侶がいたので「聖歌隊の方々にお礼を伝えて欲しい」旨を話すと、彼は不思議そうに首をひねった。
「今日はここには、私しかおりませんが」
 狐につままれたような気持ちで、教会をあとにした。
 しばらく歩くと、道路の真ん中に立つ、見上げるほど高い見事な彫刻の塔の前で足を止めた。その瞬間、体の震えとあふれる涙が、なぜか止まらなかった。調べてみると、それはペスト流行の終焉を祝って建てられた記念碑であった。
 忘れることのできない、旅の思い出である。

総評コメント

 夏休み第2弾ということで、8月は「旅」にちなんだ実話怪談がテーマ。修学旅行から新婚旅行、気ままな一人旅に傷心旅行と様々な旅に纏わる怪異が寄せられました。全体的にレベルが高く、大変選考に悩む回となりました。先に受賞4作の他に最終選考まで残った作品をあげますと、「ブランコ」アスカ、「記憶の旅」夢野津宮、「山道の怪」黒谷丹鵺、「蜘蛛の旅立ち」かごさんぞう、「怪談高速バス」鬼志 仁、「山中の女」斉木京、「父の書斎」鈴木捧、「修学旅行から、だれか」クナリ、「分かれ道」低迷アクション(順不同)と、なんと9作が残っています。いずれも新鮮味や意外性、鬼気迫る恐怖感やオチの印象深さなど、それぞれの持ち味が光っており、一次選考を勝ち抜いてきた作品です。
 今回最恐賞にはそうした良作の中でも、怪異を通してひとつ魂に響くものがあった「メメント・モリ」松本エムザ、佳作には実話怪談らしい不可解さを見事に表現した「移臭」ツカサ、不思議系の怪異として鮮烈な印象を残した「御神輿」yokikotokiku、得体の知れない不気味さが際立った「旅行先の猫」卯ちりを選出いたしました。
 語りでも読み物でも、「つかみ」というのは大事です。出だしの1行でどれだけ興味をもたせるか、話に引き込むかがまず第一の勝負どころだと考えます。とくべつ奇をてらったことを書かなくとも、簡潔に今から始まる話がどのような話なのか(どこで起きた話か、誰が体験した話か等)を伝えると、読み手に世界に入っていく準備ができます。或いは少し狙って、気になる、引っかかるセリフから始めて、説明回想していく手法もありでしょう。色々なやり方があると思います。どれが正解とも言いません。ただ、表現や説明が過多でいたずらに長くなってしまう出だしの1文は避けたいところ。字数制限のある掌編ですから、効率よく話の本筋に読者を導き、どうしてもここは詳しく表現したいというところに絞って形容を重ねるほうがベターです。例えば旅先で訪れた村で怪異が起きるとして、話の舞台である村の描写はもちろん雰囲気を伝えるために必要ですが、そこを微細に書き連ねたにも拘らず、肝心の怪異が「幽霊が出た」で終わってしまっては本末転倒です。いちばんに伝えるべきは怪現象、恐怖だということを考えて全体の構成を練っていただくと、バランスのよい作品になると思います。
 さて、来月のお題は「乗り物」に纏わる怖い話。今回の旅と重なる部分もありますので、最終候補作品でテーマがかぶる作品はリライトのうえリベンジしていただいても構いません。移動手段から遊具まで、乗り物の範囲は幅広いかと思います。皆さまの作品、楽しみにお待ちしております!

【第18回・募集概要】
お題:乗り物に纏わる怖い話

原稿:1,000字以内の、未発表の実話怪談。
締切:2019年9月20日24時
結果発表:2019年9月29日
☆最恐賞1名:Amazonギフト3000円を贈呈。
       ※後日、文庫化のチャンスあり。

  佳作3名:ご希望の弊社恐怖文庫1冊、贈呈。

応募方法:下記「応募フォーム」またはメールにて受け付けます。
フォーム内の項目「メールアドレス」「ペンネーム」「本名」「作品タイトル」 を記入の上、「作品本文(1,000字以内)」にて原稿ご応募ください。


メールの場合は、件名に【怪談最恐戦マンスリーコンテスト9月応募作品】と入力。 本文に、「タイトル」「ペンネーム」「本名」「メールアドレス」を記入の上、原稿を直接貼り付けてご応募ください。

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